お金を使わずとも豊かに生きる。森の中でエコな暮らしを目指す「断熱番長」~軽井沢町 木下史朗さん~

佐久市臼田。中部横断自動車道の出口を降りてすぐに、建設会社と聞いて驚くとても素敵な社屋が見えます。そこで出迎えてくれたのが、今回のインタビューの主人公である、木下建工専務の木下史朗さん。
佐久市で生まれ育った木下さんは、東京の企業に就職をし、2016年にUターン。現在は軽井沢町に家を建て、家族5人で暮らしています。自宅建設のための探究で、すっかり高断熱・高気密・日射取得にハマり、サンラインエリアで断熱番長と呼ばれているのだとか。
「まぁ、あんまり深く考えてないけどね」と言いながらも、ことばの端々にゆずれないこだわりを感じさせる木下さん。頭の中には、日テレ系日曜夜7時のあの番組のような生活が、イメージとしてあるようです。
都会のサラリーマンに憧れ東京へ
ーーどのような子ども時代を過ごされていましたか?
木下:子どもの頃は、友達と千曲川で魚のつかみ取りをしましたね。橋の下の日陰になっているところ、石の下に手を入れると、ニジマスが取れたんですよ。それを焼いて食べたな。あと、田んぼでイナゴを捕まえたりもしました。
ーー外で遊ぶことが多かったんですね。
木下:もちろん家でゲームもしましたよ。「ストリートファイター」や「ボンバーマン」とか。
ーー懐かしい。木下さん、東京の企業に就職をされましたよね。東京に出たいと思われた理由は?
木下:うちの家系、サラリーマンがいなかったんですよ。会社経営したり、飲食店経営していたり。身近にスーツ来て仕事している人を見たことがなかったんです。だから、友達のお父さんがスーツ着ているの見て、ちょっとした憧れを抱いていて。漠然と都会のサラリーマンをやってもいいかなって思ってました。
ーー史朗少年の憧れですね。

木下:大学では経済学部の情報科学ゼミに所属していて、大学発ベンチャーみたいなところでIT関連ビジネスを実際やっていました。だから、ITやるなら東京かなと。それで東京の電力会社に入ったんですけど、最初は電気工事からで(笑)。
ーー現場の仕事からだったんですね。
木下:東京に行きたいから就職したのに、最初の赴任は山梨の塩山という地域。電気代を払わない怖いお兄さんのところに行って、集金できたら電気をつけに行くとか。メディアで書けないような経験をいろいろとしましたよ。その後甲府に1年半いて、東京の本社に移りました。
ーーなかなか強烈ですね。本社ではどのようなお仕事を?
木下:本社の新規事業推進本部に所属し、企業内ベンチャーでプロマネをしていました。事業企画から営業までなんでもやったな。仕事はとても忙しかったけれど、人生をかける勢いで仕事してました。そんなときに3.11、東日本大震災が起きたんですよ。
3.11と東京での子育てを経験し「他の生き方あるんじゃないの?」
ーー3.11がUターンのきっかけに?
木下:電力会社だったので、影響は大きかったです。僕が関わっていたベンチャーはすごく成功していて、売上も利益もかなりあげていたけれど、結局売却することになりました。
ーーなるほど。
木下:3.11のときはすでに妻と結婚していたんですが、地震発生後、彼女は会社を締め出されちゃったんです。なんとか連絡を取って、自分の会社に呼び寄せましたが…。
ーーそれは不安でしたね。
木下:こういった経験をして、この先の日本はどうなるのかなと、自分の働き方や暮らし方を考えるようになりました。まぁ、地元に戻ろうと決心した出来事は、これとは別でまたありますけれどね。
ーーそれは?
木下:2012年に第1子である長女が生まれて、その後2014年に第2子が生まれる時。帝王切開を予定していましたが、手術日を待たず緊急入院になってしまったんですよ。思いがけず3週間ワンオペしてみて、「あー、厳しいな。都会で子育て厳しいな」と思いましたね。満員のバスや電車に子どもを連れて乗ることもありますし。他の生き方あんじゃねえの?と…。
ーーなるほど。それで身内のいるこのへんに戻ってこようと思われたのですね。

「家業を継ぐことは一切考えていなかったが、いずれは地元に帰るのかなとぼんやり考えていた」と話す木下さん。3.11での経験や都会での子育てをきっかけに、生まれ育ったこの地域へのUターンを決意します。Uターン後は佐久市内の賃貸物件を借りて住んでいましたが、1カ月後には軽井沢で住みたいエリアを決めていたそうです。
森の中で暮らしたいから。自然豊かな住環境が守られる場所にこだわる
ーー都会での生活も経験した木下さんが、Uターンしてどういう暮らしを実現したいと考えていたのか、とても興味あります。
木下:それで言うなら、「ザ!鉄腕!DASH!!」ですね。
ーー日テレ系、日曜夜7時から放送する、あの番組…!?
木下:東京にいた頃からあの番組の、特に「DASH村」のコーナーがすごく好きだったんですよ。
ーー軽井沢に住まいを持たれたことも、その番組の影響を受けていますか?
木下:森の中で暮らしたいという思いもあって引っ越してきたので、佐久の市街地に暮らすんだったら、練馬とあんまり変わらないかな。実は地域によって、ゾーニング規制の厳しさは違うんです。前は田んぼだったのに埋め立てられて、廃車置場になっているとか。そういうの見てきて、嫌だなぁと思っていました。
ーーなるほど。
木下:自然豊かな住環境が守られるところというと、やっぱり軽井沢なんですよ。特に軽井沢の第一種低層住居専用地域は、建ぺい率や容積率などの規制が厳しいですしね。
ーーどうやって土地を探されたんですか?
木下:軽井沢の第一種低層住居専用地域と決めた後、万平ホテルなど軽井沢のホテルに泊まって、実際に軽井沢で暮らすことを体感してみました。一晩過ごしてみないと魅力がわからないじゃないですか。あとは毎週末子どもを公園に連れて行きがてら、土地の探索をしました。それで、旧軽の方は通勤が大変そうだな」とか、ここは値段が高いなとか判断していきましたね。

ーー何度も足を運んでいたんですね。
木下:僕は老後、大型犬を飼って散歩したいし、DIYして過ごすというイメージがあって、それに合致するかどうかを見ていました。まぁ、子ども3人いるので、大型犬はまだ先の話ですね(笑)。
お金を使わずとも、豊かな時間は過ごせる
ーー軽井沢での暮らしはどうですか?
木下:子どもたちのこと考えると、彼らが子どもらしくそのままでいられると言うか。失敗したりあれこれ試したりできる環境だなと思っています。泥だらけでも一切気にしなくてもいいですからね。

ーー東京での暮らしと今の暮らし、違うところは?
木下:僕は割とポジティブというか、どこにいても自分なりに楽しく生活できます。でも、お金を使わないで楽しめることが増えていると思いますね。
ーー例えば?
木下:時間を使うのにお金がかからないんですよ。東京にいた頃は、隅田川沿いを散歩して、カフェに入ってランチを食べてビール飲む、みたいな過ごし方が結構多かった。今は、子どもと薪を割ったり、庭の落ち葉集めたり、焚き火をしたりして、十分楽しめます。お金を使わないで暮らしを楽しめるのはいいですよね。
ーーどこにお金を使うかという価値観が変わってきた感じですか?
木下:物を買う、サービスを受ける以外の過ごし方が増えたという感じでしょうか。とにかく「ザ!鉄腕!DASH!!」な生活に近づいてきているような気がしますね。
ーー最近サンラインエリアに移住する人が増えている中で、このあたりで生まれ育った史朗さんは、この変化をどう感じていますか?
木下:当然という気はします。不思議ではないですよ。東京に1,400万人いて、その中で日曜日に「ザ!鉄腕!DASH!!」を見て「こういう生き方したいな」という人が1%でもいれば14万人です。0.01%が実行に移すとしても…。
ーーやはり基準はあの番組なんですね。
木下:自然豊かで、いつも晴れていて、美味しいものもあって、子育てもしやすい。全然不思議じゃないと言うか、もっと増えるんじゃないでしょうか。
住まいをもっと自由に。断熱番長が抱く想い
ーー一方で、御代田・軽井沢のあたりに住みたいけれど、ちょうど良い賃貸物件がないという話をよく聞きます。
木下:「もっと気軽に住まいを変えたい」とか「何年かだけこの地域に住みたい」とか、そういうニーズあると思うんです。でも、賃貸の性能が低くてそれができない。このへんは古い賃貸物件ばかりですしね。今年はちょっとそこに取り組みたいと思っています。会社とは別で、個人のプロジェクトとして。
ーーすごい…。
木下:日本は住居に関する規制がそこまで厳しくなくて、質の悪いものも多いから、そこに一石を投じたいですね。僕は自宅を建てて、思い描いていた暮らしができているけれど、それを賃貸でもできるようにしたいなと。
ーー史朗さんが作りたい賃貸物件、どういう家ですか?
木下:森の中にあって、庭が広くて、たき火ができる。面積は75平米オーバー。家の中は温度差がない。エネルギーを使わなくて、ランニングコストが安い。そして健康的。
ーーはい、住みたいです!!
木下:でも家賃は高くなるはず! ごめんなさい(笑)。でもね、低炭素社会実現のためにエネルギーを無駄にしない高断熱・高気密なエコハウスの普及を後押ししたいと考えています。日本のためにもね。
ーー今日取材させてもらっている木下建工さんのオフィスも、すごく暖かいですよね。

木下:朝からほぼ無暖房です。※取材時2月
ーー信州の2月で無暖房はありえない!
木下:日射取得とサーバーの排熱を熱交換しているだけですね。エネルギーをほとんど使ってない。400平米のオフィスで1カ月仕事して、光熱費が5,000円です。
ーーこんなオフィスで働きたい! 木下建工さんのHP、とてもかっこいいのでここで紹介しておきましょう。
木下:採用も力を入れているので、よかったらどうぞ。建設業にしては若者が多いのがうちの特徴かな。
何を選択するかによって、私たちの暮らしはもっと自由に、もっと豊かになるんだということを知れた時間でした。住むかどうかは別にして、高断熱・高気密なエコハウスが完成したら、また取材させていただきたいです。(個人的には同じ番組のファンだったことがわかり、親近感が湧いています。) 木下さん、ありがとうございました!