年間150回の遅刻で見出した生存戦略。働く場所も時間も自由にできる~御代田町 イセオサムさん~
2020年4月に東京都から御代田町に移住したイセオサムさん。アプリやYouTubeチャンネルのプロデュース、スタートアップのアドバイザーなどさまざまな事業に携わっています。自身を「あそぶようにはたらく人」「Playful Worker」と称しているイセさんが、御代田町でどのような働き方、生き方を選択しているのか。仕事と遊びの合間に、少しだけお時間いただいてうかがってみました。
どこでも・いつでも働けるようにした「僕の生存戦略」
――他のメディアで、御代田へ移住した理由を「東京でやることがなくなったから」とお話されていました。東京にいなくても仕事はできるという感覚は、いつから持っていましたか?
イセ:10年くらい前からリモートワークはよくやっていて、どこでも働ける時代になったとは感じていました。人生100年と考えたとき、僕はもう3分の1が過ぎたので、そろそろ新しいチャレンジをする頃だなと。「どこでも働ける」をフルで実験するタイミングだと思い、2020年4月に移住しました。
――どこでも働けるようにしたいと考えるようになったきっかけはあったのですか?
イセ:中学の頃から電車通学していたんですけど、年間で150回ぐらい遅刻をしていました。毎日同じ時間に、同じ場所に通えないタイプなんです。社会人としてはかなりクリティカルですよね(笑)。働く場所を自由にすることは、僕にとっての生存戦略だったとも言えます。
――ご自身のウィークポイントを、発想の転換によって、気合で乗り越えなくてもよい形にしたと。
イセ:既存の仕組みにとらわれるのが苦手で…。向いていないのであればやり方を変えればいいんじゃないかと考えていました。アメリカのアウトドアブランド「Patagonia(パタゴニア)」の創業者、イヴォン・シュイナードの経営哲学が好きです。彼の著書「社員をサーフィンに行かせよう」に、波の状態がよい日はサーフィン好きな社員が海に行けるようにし、登山が趣味の社員が仕事をする、代わりに山の天候がよいときはその逆をしよう、といったことが書かれています。これを読んで、確かにそうだなと思いました。
――自然に人間があわせる考え方ですね。
イセ:「平日に働いて土日に休む」をみんながやるので、当然週末はどこも混みます。限られた地球の資源を、同じ日に使おうとするのはもったいないですよね。バラバラにするために必要な手段が、働く場所と時間を自由にすることなんです。
――イセさんのSNSで見た、パソコンを脇に置いて釣りをしている写真。インパクトがあります!
イセ:釣りをしながら仕事をするスタイルは、10年前からやっていますね。釣りにも最適な時間があるんです。朝はお魚が餌をよく食べてくれるから釣れるけど、昼はあまり活動しないので釣れない。だから、朝は釣りをして、昼に仕事をしたほうがいいんですよ。
――そうありたいと思っていても、なかなか自由になりきれていない人も多いですよね。
イセ:僕は、自分でサービスを作り出し運営する、プログラムを組んで自動的に動くように仕組みをつくる、それぞれの人の強みを生かして仕事する、主にはこの3つで場所と時間から自由になって働くことを実践しています。
まきも割れなかった移住当初。新しい土地での伸びしろを探る
――御代田への移住後、渓流釣りをはじめワイン用ブドウの収穫やテントサウナなど、自然の中での暮らしを満喫していますね。意識されていることはありますか?
イセ:東京にいたときは、仕事のスケジュールを先に埋めて、余った時間でその他の生活をしていたという感じでした。こちらに来てからは逆にしています。新しい土地での生活を楽しむことをメインにして、興味があることに時間を使いたいなと。きっとそこに伸びしろがあるので。
――伸びしろですか?
イセ:今の僕のテーマはサバイバル力。東京で暮らしていた頃は、仕事をして、お金を手に入れて使って回す、これこそが必要な力だと思っていたんです。それで十分生きていけましたしね。
――移住されて価値観が変わってきたんですか?
イセ:御代田で暮らしている家は、暖房がまきストーブです。冬を暖かく過ごすためにはまきが必要で、木を仕入れてきて、チェーンソーや斧で割って、乾燥させなければならない。もし割れなかったら、冬をどう過ごすんだと(笑)。これもかなりクリティカルな問題です。最初はまきも割れなかったですからねぇ。
――確かに、東京で必要なスキルと明らかに違いますね。
イセ:現場でまったく戦力にならないなと感じたんですよ。火を自分で起こしたり、魚を釣って食べたり、野菜を収穫したりと、お金なしでも生きていけるようになりたい。もっとプリミティブなことをしたいという方向に興味がわいています。人間の基礎体力とでも言えるのかな。
――東京で生まれ育ったからこそ、強い興味が生まれたのかもしれませんね。
イセ:東京での生活しか経験がなかったから、ベースがないまま生きてきたなという気はしていました。消費を中心にした暮らしだったなと。だからこそ次は自分で生み出すとか、自分で調達してなんとかするとか、そういう生活にシフトしていきたいですね。
――不思議に思っていること、聞いてもいいですか?お父様の影響で5歳頃から釣りをしたとのことですが…御代田には海がないですよね?移住先としてなぜここを選ばれたのですか?
イセ:最初は鎌倉とは葉山とか、海の近くを探していたんですけど、よい物件と出会えなかったんです。それなら山だと軽井沢方面を探し始めたら、どんどん西に来ちゃって。正直、流れ着いてしまったという感じ(笑)。
来たからには海ではなく川を楽しもうと、去年から渓流釣りをしています。環境が違えば釣る魚も全然違うけど、場にあった楽しみ方をすればいいかなと。余談ですけど、御代田町の隣の佐久市に釣り具専門店があるんですが、「海から一番遠い釣り具店です」と書いてあって、笑いました。
――(笑)
仕掛けるよりも乗っかりながら。つなげた先に見えるもの
――いまでこそ「遊びと仕事の境界線」について語られることも多くなりましたが、イセさんは2008年に起業された頃から「あそぶようにはたらく」をモットーにされていますよね。世間より一足早かったのでは?
イセ:遊ぶことがすごく好きなんですよ。僕の中での遊びの定義は、誰かと一緒に取り組めて、お互い新しい発見をしたり関係性が深まったりするもの。人と人、モノとモノの間を媒介するものと捉えています。遊びによって人がつながっていく、その様子や状態が好きです。例えば、僕は釣りが好きだけど、一人で行くことは少ない。人とのコミュニケーションを楽しむために行くことの方が多いんです。
――コト自体が好きな人は、一人でも行きますね。
イセ:そうなんです。でも僕は、初めての人にコツを教えたり、先輩と行って知らないことを教えてもらったり、そういったコミュニケーションを大事にしたいんです。おもしろいモノやコトは、人と人の出会いによって起きて動くことが多いから。
――おもしろいモノやコトを通して人と人をつなげる。まさにプロデューサーですね。
イセ:そういった意味で、遊びも仕事もあんまり変わらないなと思っています。僕がおもしろいと感じたことが、たまたま誰かの役にたってお金になれば仕事と呼んでいるし、自分たちだけ楽しければ遊びと呼んでいる。
――常に「こういうことを仕掛けたい」みたいなことを考えられているんですか?
イセ:最近思ったんですけど、僕、あんまり自分で仕掛けていることないんですよね。いい球が来たときに打つみたいな感じなのかなと。仕掛けるよりも乗っかるほうかもしれない。
ーー人と人をつなげるところでは、いろいろ企画されているような気はしますが。
イセ:確かに、人が出会う場をつくることは多いです。「このプロジェクトではあの人とあの人をつなげたらおもしろそうだな」とか「ここをつなげたら何か生まれそう」とか。
ーー東京と御代田、「人」という観点でみたときに違いを感じることありますか?
イセ:東京は本当に人が多くて多様性がありますよね。こちらは、全体量は少ないんだけど、気の合う人と出会う確率が高い。おそらく「ここがよい」と選んで住んでいる人が、サンラインエリアには多いからでしょう。僕は、もっと人は流動したほうがよいと考えています。
ーー人の流動で何が生まれると考えますか?
イセ:僕は東京にしか住んだことがなかったんですけど、もしかしたら御代田が第2の故郷になるかもしれないですよね。みんながそういうものをいくつか持っていれば、その土地の理解が進んで、友だちも多くなる。これは、国を越えても同じです。
例えば、国家間でトラブルが発生したとき、一般市民の中にも相手国への嫌悪感が広がることもありますよ。でも相手国に住んだことがあったり、友だちがたくさんいたりすると、そうなりにくいと思うんです。さまざまな場所で暮らすことが、相互理解を深める一番よい方法。そういうことから世の中は平和になっていくじゃないかなぁ。
御代田町の魅力は「中心にあること」
ーーSNSやインタビュー記事などでイセさんの生活を知った人から、移住の相談も多く来ているのではないですか?
イセ:すごくたくさん来ます。でも、僕は御代田で楽しく暮らせているけど、人によって合う合わないはあると思うんです。相談者の希望をなるべく客観的に見て、対応しています。ラグジュアリーさで選ぶなら軽井沢、便利さでは佐久、歴史好きなら小諸、さらに奥へ行きたいならば佐久穂・八千穂…。
ーーずばり御代田は?
イセ:どこがよいのかよく聞かれるんですけど…(笑)。僕がよく言っているのは中心にあること。軽井沢や小諸、佐久など魅力的な町がすぐ隣にあり、それぞれにアクセスがしやすい!実際に住んでみてわかる御代田の良さです。
ーー 最後に、今後チャレンジしてみたいことはありますか?
イセ:さきほどもお話したように、人が出会う場のプロデュースはどんどんしていきたいですね。よい出会いを、高速でつなげる場づくり、です。
ーー具体的にイメージされていることはありますか?
イセ:例えば、東信という広いエリアで若者を一挙に集める企画とか、おもしろいんじゃないかなと思っています。地方で何かやりたいけど、東京に比べて機会が少ないと感じている子は多いような気がするんです。フルリモートの時代なのでどこでも機会は得られるはずなんだけど、まだそうなりきれていない現状はありますよね。
ーー仕組みで変えていきたいですね。
イセ:若者が東京だけに集まる状況はもったいないじゃないですか。だから、若い世代の能力を活かせるプロジェクトができたらいいなと思っています。このへんにはおもしろい人がたくさん集まっているので、いろいろな先生がいろいろなことを教える、町全体を学校にする企画なんかはよさそうですね。
ーーイセさんが教えるなら何を?
イセ:マーケティングやSNS、戦略やマネタイズなど、いろいろいけると思います。あとはやっぱり…、釣りですね!
「向いていないならやり方を変えればよい」。イセさんのこの言葉は、私自身が既存の枠の中でしかモノゴトを見ていないことに、改めて気づかせてくれました。視点や仕組みを変えれば、楽しむためのアプローチはある。そこに「あそぶようにはたらく」のヒントがあるのでしょう。イセさん、インタビューのご協力ありがとうございました!