元医療従事者が「高原のムスク 星と蜂のメロン」にかけた思い~御代田町 竹内陽介さん・佑季さん~

インタビュー 2021.08.17

御代田町で唯一のメロン農家、Takeuchi Green Farmを経営している竹内陽介さん、佑季さんご夫婦。小学生と幼稚園児の2人のお子さんと、家族4人で暮らしています。

前職は理学療法士をしていた陽介さん。2014年に千葉県から御代田町にUターンし、祖父母が興したメロン栽培を受け継ごうと決意したそう。農業経験ゼロからだった二人は試行錯誤の末、農薬を極力減らして化学肥料は使用せず、土壌消毒も行わずに栽培する星と蜂のメロンを誕生させました。現在は御代田町のふるさと納税返礼品にも登録される人気商品となっています。

「医療とメロン栽培は結びつく部分があるんですよ」と語る陽介さん。医療とメロン栽培、まったくかけ離れた2つの仕事に一体どのようなつながりがあるのでしょう…。話が進むにつれ、竹内さん夫婦のメロン栽培にかける熱い思いが溢れてきました。

守りたいのは「メロンがある季節の、みんなが集まる」原風景

ーー長野県の、しかも御代田町でメロンの栽培をされていると聞いて、最初は驚きました。

陽介さん:僕のおじいちゃんとおばあちゃんが、約40年前から作っています。このへんでのメロン栽培第1号でした。当時の御代田では「メロンって何?」と言われるぐらい異国の食べ物だったようで(笑)。

ーー確かに、メロンと聞くと茨城県や熊本県が思い浮かびます。

陽介さん:周囲の人には「こんなに寒いところで育つのか?」と心配されていたみたいです。

ーーメロン栽培の先駆けだったんですね。

陽介さん:当時から農法にこだわっていて、メロンの木1本から1つ実らせるなど、とても手間をかけていました。昔はほかにも御代田でメロン栽培をしている人はいたんですが、今では僕たちだけになってしまいました。

ーー御代田で唯一のメロン農家さんなんですね。 陽介さんはなぜ継ごうと思われたのですか?

陽介さん:20代の頃までは継ぐことをまったく考えていませんでした。父も定年になるまでは継がないと言っていましたし、僕は長男ですけれど、農業を継げとは言われてこなくて。漠然と、弟がやるのかなと思っていました。

ーーそうだったんですね。

陽介さん:好きなことをして生きていこうと思っていたんですが、年々できないことが増えていく祖父母を見ていたら心配になっちゃって。畑仕事は重労働じゃないですか。祖父母も80歳近かったので、誰かが継がなきゃと思いはじめたんです。

ーーそれで陽介さんが継ぐことに?

陽介さん:そうです。それ以外に、もう1つ理由があります。メロンの収穫時期は夏なんですが、この時期になると祖父母の家に毎年たくさんの親戚が集まるんです。

ーー帰省シーズンでもありますしね。

陽介さん:子どもの頃はよく一緒に遊んでいた従兄弟たちも、中学・高校になると部活やバイトが忙しくて会わなくなることがあるじゃないですか。

ーー寂しいですよね。

陽介さん:ただ、みんな成長してあまり会わなくなっても、メロンの時期だけは祖父母のところに集まるんです。年に1回、夏しか会わなくなったけれど、みんなメロンを楽しみにしている。僕は、メロンがある季節の、みんなが集まる風景をなくしたくないなと思ったんです。次につなげていきたいと決心しました。

「人が持つ回復力を引き出す」医療現場で学んだこと

ーー御代田へUターンする前はどのような仕事をされていたんですか?

陽介さん:御代田に戻る前は千葉県に住んでいたんですが、理学療法士として病院で勤務していました。休日もスポーツトレーナーの活動などがあり、休みもなかなか取れない環境でしたけれど、やりがいは感じていましたね。

ーー医療と農業、まったく違う仕事をしてみてどうですか?

陽介さん:実は、病院での経験が農業にも活きていると感じています。Uターンした直後は、長野県内の病院に勤めていたんですが、そこで僕が今まで学んできた治療法とは異なる考え方を持つ理学療法士の先輩に出会ったんです。

ーー異なる考え方ですか?

陽介さん:僕が今までやってきた治療は、検査を行い患部の評価をして治療をするという体の悪い部分に直接アプローチするものでした。でも、その先輩から学んだのは人間が持っている回復力を引き出し、根本から治していくという考え方。そういった視点で患者さんに接していて、とても衝撃でした。

ーーなるほど。

陽介さん:その人に出会ってから、僕の患者さんに対する向き合い方が変わっていきました。患者さんの状態を観察して、その回復力を引き出す治療に変化していったんです。そしてそこで気付きました。メロン栽培に関しても、メロンの状態を観察して、生きる力を引き出してあげたらどうだろうって。

ーーメロンの生きる力を引き出す、ですか。

陽介さん:市場に流通している農産物は、安定供給できるように農薬や化学肥料を使って栽培することが多いんです。慣行栽培と呼ばれていて、戦後の食糧増産に大きく貢献した栽培方法です。早く大きくなるようにたくさん肥料をあげて、病気になったら薬を使う。

ーー確かに。人間と同じですね。

陽介さん:長野の病院で出会った治療法と同じように、薬を減らして植物が本来持つ育つ力を引き出してあげたら、もっといいものができるんじゃないかと考えたんです。それに、作り手自身が慣行栽培を行わざるを得ないような流通の仕組みも変えたいと思いました。

ーーそこから農薬を減らす栽培方法にたどり着いたんですね。

陽介さん:先代の思いを受け継ぎつつ、さらにバージョンアップさせていこうと决めました。

ーー先代の思いを受け継ぎながら…。すてきですね。

佑季さん:先代もこだわりを持って育てていたんです。ただ、おじいちゃんとおばあちゃんはとても感覚的で。

陽介さん:「何でこうなるの?」と祖父母に聞いたら「知らねぇ」。「何でこれ入れるの?」と聞いても「去年入れたから」って(笑)。

佑季さん:細かいことは一切教えてくれない。夫は逆で、論理的に理解したいタイプ。受け継ぐといえど、教えてもらうという感覚ではなかったですね。

「運命的な出会いが気かせてくれた」土の力を引き出すということ

ーー先代から受け継いだものをさらにバージョンアップさせるために、どのようなチャレンジをされたんですか?

陽介さん:農業をやっている人にたくさん話を聞きに行ったり、農業に関するワークショップに参加したりしました。その過程で、やはりが大事なんだと気付きました。

ーー具体的にはどのような気付きがあったんですか?

陽介さん:土壌消毒剤を使って土の中にいる菌をしっかり殺し、菌の少ない状態にすることを土壌消毒と言います。消毒された土で栽培するのは、常識とされているんですね。

ーーなるほど。消毒すると悪い菌だけでなく、よい菌も死んでしまう…。

陽介さん:僕はそれをやめたくて、最初の年に土壌消毒をしないで作ることにしました。全部は怖いから1列だけ。そしたらすべて枯れました(笑)。そういう失敗を経験したときに、運命的な出会いがあったんです。

ーー運命的な出会い…!

陽介さん:10年以上土壌消毒せずに、ハウスでトマトを栽培している人と知り合うことができたんです。しかも佐久にいらっしゃるという。

ーー御代田と佐久の距離だと、心強いですね。

陽介さん:すぐに「この人に話を聞きたい!」となりました。今では土の師匠と呼んでいます。師匠からは、「消毒をやめるだけじゃなくて、土自体を元気にしないといけない」ということを学びました。

(竹内さん提供)

ーー土を元気に。

陽介さん:消毒をしないというのは、人の体に例えると今まで薬を飲んでいた人に薬を与えなくなっただけ。体は弱いままなんですよ。

ーーなるほど。人間も食事に気をつけたり運動したりして、体自体を健康にしていこうという考え方をしますよね。

陽介さん:そうです。そこで師匠から、土を元気にするためには微生物の働きが活発な肥料を作ることが大事であるということを教えてもらいました。1年目の冬に仕込んで、2年目にその肥料を使ってみたんです。今度はいけるなという自信もあったんで、3棟あるうちの1棟半でチャレンジしてみました。

ーー(ドキドキ…。)

陽介さん:全滅はしなかったです!まぁ、収量はかなり減りましたね。でも、「これはいける」と確信しました。そして3年目の去年は、土壌消毒を完全にやめました。

ーー3年目にして、すごい!

陽介さん:「土壌消毒を行わないでメロンを栽培したい」と農業に携わっている人に話しても、「土壌消毒はやらなきゃだめですよ」と言われること、まだまだ多いです。

ーー常識を覆すのは、簡単なことではないですよね。

陽介さん:自分の実績も足りないし、だからこそ思いも伝わらない…。正直もどかしい気持ちになることもあります。

ーー失敗しても挑戦し続ける情熱はどこからくるんですか?

陽介さん:土壌消毒や農薬、化学肥料の力に頼らなくてもメロンが本来持つ力を引き出せば、自分たちが理想とするメロンは作れることを証明したいという気持ちでしょうか。実現できれば、今の慣行農法にも一石を投じられるのではないかと思うんです。

ーー素晴らしいチャレンジですね。

陽介さん:メロンをきっかけにして出会ったたくさんの人に背中を押してもらえました。

佑季さん:私たち、毎年反省会をして、「来年はここを改善しよう」と話し合っているんです。もっといいものを作りたいという思いが周りの人に伝わって、共感してくれる人やすてきな先輩たちとつながることができました。本当に恵まれていると思います。

「おいしいとはうたわない」。大切な人へ届けたくなるメロンを

ーーどんな人にメロンを届けていきたいと考えていますか?

陽介さん:僕たちにも子どもがいるので、安心して食べられるメロンを作ることは原動力の1つです。でも、メロンってぜいたく品じゃないですか。お祝いの品とか、ハレの日の果物として選ばれるもの。

佑季さん:だから今年から、子育て世代の人でも気軽に購入いただけるような、ちょっとお手頃なメロンも出す予定です。お家でメロン!という名前で。普段からメロンを味わってくれる人が増えてくれたらいいなと。がんばっている自分へのご褒美とか、そんな感覚で。

ーーInstagramでもさまざまな食べ方を紹介していますよね。

陽介さん:値段が高いと、そのまま食べる以外の食べ方にチャレンジしづらいですよね。チーズを乗せて食べたり、種をくりぬいてスープを入れたり。いろんな食べ方を楽しんでもらいたいと思っています。

Instagramでは、メロンポンチやスコップケーキ、フレンチ風スープなどさまざまなメロンの楽しみ方を紹介。(竹内さん提供)

陽介さん:品質は十分だけれども、妻の厳しい規格に少しかなわなかったものをお家でメロン!として出します。僕はオッケーと思うものでも、妻の方が厳しい(笑)。

佑季さん:そういう需要があるかわからないですけれど、やってみようと。

陽介さん:メロン栽培では「今だ!」といった瞬間的な判断が大事なんですけれど、それも妻の方が圧倒的に早いです。

佑季さん:これまで土さえ触ったことのない未経験者ですけれどね。この3年でメロンに対する第六感は養われましたね。

陽介さん:僕はどちらかと言うとどう作るかという、プロセスやシステムに集中していたので、作ったら燃え尽きちゃう。

佑季さん:私はお客さんのためにどんなことができるだろう…と考えます。だからこそ、ちゃんと吟味してお届けしたい。メロンを購入してくれる人が、お子さんやご家族、自分自身も含めて大切な人に届けたいと思えるメロンを作っていきたいです。

ーー素晴らしいパートナーシップ…!

(竹内さん提供)

ーーTakeuchi green farmのウェブサイトを拝見したんですが、竹内さんたちの思いが溢れていますね。それにとってもかわいい!

佑季さん:自分たちの思いを詰め込んで作ってもらいました。実は、ウェブサイトでもパンフレットでも、おいしいとうたっていないんですよ。

ーー確かに。

佑季さん:味覚は人それぞれじゃないですか。だから「おいしいから買ってください」は、自分たちで言うことではないと思っています。作り方へのこだわりに、共感してくれる人が増えたらうれしいです。栽培方法を変えて結果的においしくなっている、そんな感じです。

ーーそろそろ今年のメロンの販売時期ですよね? 去年ふるさと納税の返礼品として申込みたかったのですが、売り切れていました!

陽介さん:去年は収量が減ったので多く出せなかったんですよ。今年からは改良の成果が出てきているので、去年よりも多くお届けできるかと思っています。

ーー楽しみです。じゅるり…。

陽介さん:僕たちがプライドをかけて作っているメロンを、もっとたくさんの人に知ってもらいたいです。安心安全な星と蜂のメロンを、これからも楽しみにしてください!

農業経験ゼロから安心安全なメロンの栽培に挑戦し続ける竹内さん夫婦。「失敗が糧になりました」と笑う陽介さんと佑季さんからは、星と蜂のメロンにかける熱い思いをうかがうことができました。

竹内陽介さん・佑季さん、ありがとうございました!

Takeuchi green farm
Takeuchi green farm Instagram

関連記事