歴史ある小諸のまちで化学反応を起こす。 触媒のような存在になっていきたい~小諸市 小山剛さん~
2013年、都内から長野県小諸市に移住した小山剛さん。東京に本社を構えるログハウスメーカーに在籍し、新規事業や宅地開発の仕事に携わっています。プライベートでも地域に関わるさまざまな活動に参加しているとのこと。小諸で暮らし始めて8年。地域のプロジェクトを通して見えてきたことや、これからチャレンジしたいことなどを伺いました。
会社にも周囲にも前例がなかった新幹線通勤。それでも移住を選んだ理由
ーー小諸に移住を決めたきっかけは何でしたか?
小山:私は新潟県、妻は長野県の出身です。結婚後の暮らしについて話したとき、この先家族で暮らすならば地方がいいねと、意見が一致しました。自分たちが生まれ育ったのと近い環境がよかったんです。とはいえ、職場が東京なので、通うことを前提に移住が可能なエリアを検討しました。そこで浮上したのが、妻の実家がある小諸市。新幹線で通えるのではないかと思い、調べてみたんです。
ーー2013年頃ですと、新幹線通勤をしている人は少なかったのでは?
小山:周りに新幹線通勤をしている人はいませんでしたし、今のようにSNSなどの情報はありませんでした。インターネットで、長野市から都内に通っている人のブログを見つけたのですが、それが唯一の情報源。実際に新幹線通勤をしている人がいるなら自分にもできるかもしれないと思い、具体的な通勤スケジュールを組んで、小諸から職場まで新幹線通勤のテストをしてみました。
ーー小諸は新幹線の駅ではないですよね。都内への通勤は不便ではなかったのですか?
小山:小諸から車で長野北陸新幹線の佐久平駅まで行き、そこから新幹線に乗ります。もっと大変かと思ったのですが、意外と快適でした。通勤時間自体は長くなったけれど座席に座れるし、PCを開いて作業もできます。もう満員電車は乗れないかもしれません(笑)。
ーーなるほど。会社での反応はいかがでしたか?
小山:前例はありませんでした。しかし、上司に相談してみたところ「できるのであれば、やってみれば?」と、背中を押してくれました。仕事柄、移住を検討されている方に向けて、ライフスタイルに合わせた暮らしの提案をさせていただいています。土地を探すところから建築までを、全国各地で。上司も、地方で暮らしている社員がいたほうが、提案の幅も広がると思ったのではないでしょうか。実際に生活しているからこそ気が付くこと、伝えられることはあると思うんです。
小山:これまでは仕事を中心に住む場所を選ぶのが当たり前でしたが、コロナ禍で大きく変化したと感じています。これからは、もっと自由で多様な選択肢の中から、自分に合った環境を選ぶことができる世の中になっていくのではないでしょうか。今回の感染症は社会に大きなインパクトを与えましたが、同時に仕事や住環境を見直し、移住に関心を持つ人も増えたと感じています。元に戻ることを願うだけではなく、この機会すらプラスに転換する。少し先に移住した者として、何か役に立てるのではないかと思っています。
ーー小山さんの新幹線通勤も、時代の変化に合わせて変わりましたか?
小山:そうなんです。今はほとんどリモートで仕事をしています。オフィスに毎日出社しなくてもいいなら、自分や家族のライフスタイルに合った場所で暮らしたいと考えるのは自然な流れです。その視点でいうと、小諸はとても魅力的。新幹線停車駅も近く、都内へアクセスしやすい地域である一方、豊かな自然があり、子育て環境としてもよいと思います。
島崎藤村ゆかりの城下町が近年注目されている理由
城下町、北国街道の宿場町として古くから栄えた小諸。明治の文豪・島崎藤村が私塾である小諸義塾に赴任し、6年間を過ごした地でもあります。 小諸駅は1997年、長野新幹線(現・北陸新幹線)が開通するまでは特急列車全便が停車する主要駅でした。ところが新幹線のルートから外れ、東京直通の特急列車が廃止されたことにより観光客が減少。一時は駅前の商店街がシャッター通り化するなどの課題を抱えていました。しかし、近年は「コンパクトシティ構想」を掲げ、歴史や文化を活かした街づくりに力を入れています。 (参照:「小諸市オフィシャルサイト」)
ーー最近、おもしろい取り組みをする人や場が、小諸に増えているそうですね。
小山:本当にたくさんいますよ。まず紹介したいのが、安藤百福記念 自然体験活動指導者養成センター。アウトドア活動の普及と、自然体験活動を推進するための人材を育成する施設です。
小山:そこで、年に2回ツリーハウスイベントを開催していて、さまざまなワークショップが行われたり、地元のお店が出店したりしていました。私は移住した年に参加し、一気に同年代の人と知り合うことができたんです。小諸や周辺地域の人たちをつなぐハブになっていると言っても過言ではないですね。
ーー自然体験ができる施設が重要拠点になっているのは、高原都市小諸の魅力とも言えそうですね。
小山:このイベントで、鴨川さんというシェフと出会いました。鴨川さんは、東京のイタリアンレストランで働いていましたが、ツリーハウスイベントを機に小諸を知り、数年後に地域おこし協力隊として小諸に移住。その後、BISTRO AOKUKBI(ビストロアオクビ)をオープンさせます。理容店をリノベーションしたレストランとして、話題になったんですよ。改装するとき、ツリーハウスイベントで知り合った人たちだけでなく、地域の高校生などいろいろな人が集まり作業をしました。私はお店が生まれ変わっていく過程を撮影して動画にしましたが、みんなが力を合わせてひとつのことに取り組んでいる様子が、とても印象的でした。
小山:つい先日、2021年11月にリニューアルオープンをしましたが、一応広報担当として写真や動画を撮らせてもらいました。
リニューアルイベント動画
ーー年齢を越えて、さまざまな人が関わる新しいコミュニティが生まれたのですね。とても興味深いです。
小山:地域の資源を活用し新しいものを生み出すプロジェクトとしては、小諸と大町のリンゴ農家、宮嶋さんと小澤さんが立ち上げたハードサイダー(リンゴ醸造酒)メーカーの「Son of the Smith(サノバスミス)」が最高にイケています!
小山:家業を継承した専業リンゴ農家のお2人が、シードルの味を追求する旅を始め、アメリカのオレゴン州ポートランドでハードサイダーと出会います。酒造免許の取得や工場の整備、専用品種の栽培など、本業と並行して準備を進め、会社を設立。今期で4年目を迎えます。畑から醸造まで一貫して手掛けるからできる味の追求。そこにはストーリーがあります。パッケージデザインも素晴らしい。毎回新作が楽しみです!
小山:ビストロアオクビの鴨川さん、サノバスミスの宮嶋さんをはじめ、おもしろい人が小諸にはたくさんいます。小諸のリソースを活かして新しいカルチャーができ、じわじわと広がって話題となってきているように感じますね。
ーーたしかに、ここ最近の小諸の変化を見ていると、新しいカルチャーを生み出している人々のエネルギーを感じます。
小山:コンパクトなまちで、年代問わず人が人をつなぎ合う距離の近さがあると感じます。「おもしろいことをやっている人がいるよ」と教えてもらい、そこからネットワークがどんどん広がっていく。小諸を歩いているとよく知り合いに会います。そんなアットホームな感じがいいなと思いますね。
ーー歴史ある城下町の風情が、さらなるイノベーションを生んでいる感じもしますね。
小山:小諸のまちの雰囲気はすごく好きですね。最近では商店街の空き店舗をリノベーションしてお店を始める人も増えていて、活気が戻ってきたのを感じます。小諸の歴史や文化を尊重しながら、新しいデザインを取り入れて形にしようとする人が増えているようです。歴史や文化はすぐに作ることができないものです。それが小諸にはある。小諸の最大の魅力はそこにあると思います。一方で、建物は使われないと傷んでしまいますし、使われない場所では人の交流は生まれません。「不易流行」という言葉がありますが、最近の小諸は「変えてはいけないもの」と「積極的に変えていくもの」のバランスがとてもよいように感じます。だからワクワクするのかな。
人との関わりを通して変化した価値観
小山:小諸の暮らしやさまざまな人たちとのつながりによって、私自身の価値観も変わったように思います。
ーーどのように変化しましたか?
小山:積極的な性格ではなかったのですが、小諸に来てからは自分から関わりを持つようになりました。「こんなことやるんだけど手伝ってくれない?」と誘われたらとりあえず参加してみる。そのスタンスを大切にしています。
ーーどういった取り組みに参加しているのですか?
小山:小諸市とまちづくり会社のURリンケージが、小諸駅前に「まちタネ広場」という公園を作りました。私は市民参加のワークショップに顔を出したことがきっかけで、企画に携わるようになったんです。「想像するあそび」をテーマに子どもたちが自分の発想で自由に遊べる空間をデザインしました。
小山:一般的な遊具は置かず、木の板や廃タイヤ、巨大な積み木などの道具を置いてみたのですが、オープン当日はたくさんの人で賑わい、子どもたちは思い思いに遊びをつくり出していました。大人たちが想定していなかった道具の使い方をする子も出始めて、子どもは遊びを生み出す天才だと感じましたね。みんなが楽しんで、ワクワクを共有できる場所にしていきたいです。
ーーそんな遊び場が駅から徒歩圏内にあるのは魅力的ですね。他にも森のプロジェクトに参加しているとか?
小山:そうなんです。地元の人と一緒に荒れた森を整備するプロジェクトに参加しています。みなさん人生の大先輩なのですが、仲間に入れてもらいました。回を重ねるたびに新しい人が増え、ここでもたくさんの人と知り合うことができました。
小山:見違えるほど森がきれいになり、これからはハーブガーデンづくりなどの計画もあるようです。先日、東京の友人から頼まれた撮影の仕事で、ロケ地としてこの森を使わせてもらいました。
ーーとても楽しそうですね!
小山:あと、小諸市から依頼されて市の紹介動画の制作もしています。「もっと魅力的な行政のPR動画があったらいいな」と市の担当者と話していたら、「じゃあ小山さんが作ってよ」と言われて…!
ーー小諸の人たちの生き生きとした様子が伝わってきますね。
小山:多様なプロジェクトに関わらせてもらっているのが、課外活動をしているみたいで楽しいです。私が役に立てることにはぜひ貢献したいと思っています。今は関わりすぎて忙しくなっていますが(笑)。とても充実していますね。
ーー地域の活動に携わる原動力はどこからきているのでしょう?
小山:先日、一緒にプロジェクトを進めている人からプルーンをもらったのですが、本当においしくて感動したんです!そんなちょっとした幸せも含めて、人とのつながりから生まれる感動が原動力になっている気がします。あと、単純に人の役に立てるというのは自分にとっても嬉しいことだなと思います。
ーーこういった活動は、仕事にもよい影響がありそうですね。
小山:プロジェクトで培った地域の人とのつながりが、仕事でも生きています。コロナ禍で都心から地方に移住する人が増えていることを背景に、小諸でも地域の人や地元の企業と一緒に新規事業、宅地開発をやってみようという話になりました。さまざまな地域から移住してくる人、地元の人ともに、住みたいと思ってもらえるコミュニティづくりを進めています。私が小諸で経験させてもらった、多様な価値観や考え方を共有できる仲間と、楽しい日々を過ごす感覚。それを、今度は仕事を通して実現できないかとチャレンジしているところです。
小諸のまちで、人と人をつなぐ触媒のような存在になっていく
ーー小山さんは、小諸のまちでどういった役割を担っていきたいと考えていますか?
小山:私は触媒のような存在になりたいですね。地域の人たちは、これまで大切にしてきたものや守っていきたいものを、きっと持っていると思うんです。それらを移住などで新しく来た人たちに伝えていく。双方が大切にしたいことや、これからやりたいことなどを尊重し合えたらいいなと思います。歴史や文化をみんなで大切に守りながら、それでいて新しい取り組みもどんどん始まるまち。古くて新しい小諸というようなカルチャーが加速するとよいなと思っています。そのきっかけとなる人と人をつなげる役割ができたらうれしいです。
ーーまさに触媒ですね。
小山:移住して年月が経ち、地域でのつながりができてきたからこそ、その役割ができる気がします。移住して8年が経ちますが、暮らしている人や自然、文化や歴史など、新たな小諸の魅力を発見し続けています。それを広く伝えていくことで、小諸を好きな人たち同士がつながっていくといいなと。
ーーこれから移住を検討している人に何かアドバイスはありますか?
小山:移住の原動力って何なんでしょうね、なぜ移住したいのか、まずは理由を掘り下げて考えてみるのはおすすめです。今どういう暮らしをしていて、どんなきっかけで移住に関心を持ったのか、この先の思い描いているライフスタイルはどのようなものなのか、果たしてそれは現実的なのか。一度自身や家族としっかり向き合ってみることは必要だと感じます。
ーー移住したいと思ったきっかけや理想の暮らしは人それぞれですよね。
小山:今の生活に不満があるからという理由は、移住をするきっかけにはなるかもしれません。しかし、課題感だけで移住を検討するよりも、こんな生活がしたい、自分はこうありたいという理想の暮らしを思い描いてみるのがよいのでは?趣味ややりたいことの延長で住む場所を変えるのもアリだと思っています。
ーー趣味に合わせた移住ですか。
小山:私は小諸でしたが、ウィンタースポーツをしたいなら白馬村や野沢温泉村を検討してもいいし、登山が趣味なら安曇野市や大町市もいいですよね。先ほどもお話しましたが、仕事を中心に住まいを考える時代ではなくなりつつあります。せっかく移住するなら、やりたいことをとことん楽しむのも最高じゃないですか。
ーーやりたいことを突き詰めるのもおもしろそうですね。
小山:そうなんです。移住したいと思ってもどのように行動に移そうか迷っている人もいるはずです。そういう人たちがもし小諸のまちに興味を持ったときに、さまざまな角度の情報があると検討しやすいですよね。これからも小諸の人や自然や文化など、たくさんの魅力を発信していきたいです。
地域のさまざまなプロジェクトを通して、小諸の魅力を発信していきたいという小山さん。小山さんが触媒となることで、ますますクリエイティビティ溢れる人たちが集うまちになりそうです。 小山さん、ありがとうございました!