あくなき探究心で薪ストーブを作る。職人技と理論を掛け合わせ優れた製品を~佐久市 佐藤哲郎さん~
佐久市望月にある鉄工所、サトーステンレス。ここでサトー式薪ストーブを製作している佐藤哲郎さんが今回のインタビューの主人公です。
2015年に東京からUターンし、先代のお父様が創業された金属加工場を2代目として引き継いだ佐藤さん。「東京にいた頃にはまさか自分が工場を継ぎ薪ストーブ作るなんて思ってもいなかった」と工場を引き継いだ当時を振りかえります。
経験や感覚を頼りにする職人技に加えて、数学や物理を応用した理論的な商品開発を模索する。サトーステンレス2代目・薪ストーブを作る男が目指すモノづくりの話を伺いました。
都会に憧れて上京。システムエンジニアとして大手企業で活躍していた東京時代
ーーサトーステンレスを継ぐ前は、東京でバリバリ働かれていたと聞きました。
佐藤:元々都会に憧れがありました。このあたり(佐久市望月周辺)は、山や田畑に囲まれている地域で、少しでも都会へ出たい気持ちから、上田市の高校へ進学。卒業後は東京の専門学校に通い、そのまま就職しました。
ーーとにかく都会へ行きたかったんですね!
佐藤:若いときはなぜか都会思考が強かったんですよ(笑)。 就職先は、ケーブルの配線などをしている会社でした。しかし、当時はインターネットがすごい勢いで普及していた時代で、会社が突然「配線工事だけでなく、システムエンジニアとしても活躍できる人材を育てる」と舵を切りまして。そういった流れでシステムエンジニアを目指すことになりました。
ーー突然の方向転換!
佐藤:本音としてはパソコンを使う仕事はやりたくないと思っていました。作業着を着て現場で働くことが好きだったんです。でも仕事だからと思い、出向先で1年間システムエンジニアを目指して勉強してみたら、楽しくなってきたんですよ。小さい会社だったので、営業もして、自分でとった案件のシステム構築をしてと、毎日が充実していましたね。そうこうするうちに、スキルも徐々に上がり、さらに大規模な案件に携わりたいという思いから、転職を決意しました。
ーー未経験からのスタートで、システムエンジニアとして転職されるとは、すごい!
佐藤:1回目の転職は一部上場の大企業へ。大規模なシステムやインフラ系の開発を担当していました。ネームバリューもあり、家族や親戚からは「いい会社に入れてよかったね」と言われました。しかし残業時間も多く、正直とてもきつかったですね。それで2回目の転職を決意し、ソーシャルゲームの開発を手がける会社へ行きました。そこはすごくホワイトな企業で、働き方や同僚・上司にも恵まれ、職場環境として最高でした。六本木ミッドタウンに会社があったので遊びもプライベートも仕事も充実! って感じで(笑)。その頃は地元に戻る気はまったくありませんでした。
ーー都会に憧れた少年が、六本木のIT企業でバリバリ働く。言わば勝ち組ですね!
佐藤:勝ち組(照れ笑い)。そうは言っても心のどこかで「この生活っていつまでも続けていけるのかな」という気持ちも少しあったんです。
故郷に戻る決心。父が僕にビジネスをするチャンスをくれた
ーー地元へ戻る転機はいつ訪れたんですか?
佐藤:2015年1月のある日、突然母から「お父さんが倒れた」と連絡が入りました。当時僕は33歳でした。
ーー東京で仕事をしていた佐藤さんが、望月に戻ることを決心するまでにどんなことがあったのでしょうか。
佐藤:その日のうちに父が搬送された病院へ向かいました。病院の集中治療室で対面した父は、想像していたよりも重症でした。話すこともできなくなった父の姿をみて、その場で実家の工場を継ごうと決心しました。
ーーそれまで地元に戻る気はなかったと言っていましたが、どのような心変わりがあったんですか?
佐藤:病室で、もう以前のように仕事はできないかもしれない父と、その横で困っている母と一緒にいながら、「このまま東京で仕事を続けたら一生後悔するかも」と感じたんですよ。ステンレス加工は未経験の分野だし大変なことはわかりきっていたけれど、後悔しない選択をするべきと思い決断しました。
ーーなるほど。心の中で葛藤しつつも、後悔しない道を選んだと。
佐藤:振り返ると会社員時代から自分でビジネスをしてみたい、という気持ちが少しあったように思います。前ふりもなく家業を継ぐことになりましたが、「もしかしたら父が僕にビジネスをするチャンスをくれたのかな」とも思いましたね。
ーーお父様から技術を引き継ぐことなく事業を継承するのは、大変だったのではないでしょうか?
佐藤:直接仕事を教えてもらうことは、かないませんでした。そのため、事業を継いでからは大変なことがたくさんありました。でも、幸いお客様にかなり助けていただいたんです。状況を説明したら「作れるまで待っているよ」と言ってくださったお客様もいました。その人たちのためにも真剣に仕事と向き合いました。
そういった日々の葛藤は、病室で寝ている父の枕元で報告をしていました。聴力は最後まで残っているとお医者さんが言っていたので、話を聞いてくれていたと思います。「こんなことできるようになったよ」「こんな失敗しちゃったよ」とかね。
初めての薪ストーブ製作は、地元宿泊施設からの依頼がきっかけ
ーーサトーステンレスでは、お父様の代から薪ストーブを製作していたんですか?
佐藤:父は職人としての経歴40年の内、最後の10年間で薪ストーブを製作していました。元々サトーステンレスは建築関係で使うステンレス製品などの製作がメインでした。実は工場を継いだ直後、「薪ストーブは絶対作らない」って言っていたんです。
ーーえっ! それはなぜですか?
佐藤:薪ストーブを作るの、難しそうじゃないですか(笑)。薪ストーブって本体だけじゃなく煙突工事とかもあるし…。自分のスキルじゃ手に負えないと思っていました。
ーーそれなのに?
佐藤:工場を継いだ翌年だったかな。佐久市の隣にある佐久穂町で宿泊施設を運営する人から、ある日突然電話がかかってきたんです。「Sanson Terrace(山村テラス)の岩下大悟です。今作っている宿泊施設に佐藤さんの薪ストーブを入れたいんですが…。」と。驚いたけれど、「僕の作った薪ストーブを欲しいと言ってくれる人がいる! この人のために薪ストーブを絶対作ろう! 」と思いました。
ーー期待に応えたいというシンプルな思いですね。ここから薪ストーブ作りへの挑戦が始まったのですね!
佐藤:まず父がつくった薪ストーブをすべて分解し、構造を調べました。同じように作れば燃えるはずだと考えたからです。試作と燃え方の確認を繰り返し、納得がいく状態のものをSanson Terrace 月夜の蚕小屋 に納品しました。ストーブの取付作業は、岩下さんやその仲間と試行錯誤しながら行いました。
ーー元蚕小屋をリノベーションした宿泊施設に優しく灯るサトー式薪ストーブの灯り。すてきですね!
佐藤:僕にとって、初めて商品として納品させてもらったサトー式薪ストーブです。地元の宿泊施設が僕の作る薪ストーブを欲しいと言ってくれたことは、とても大きな出来事でした。これを機に薪ストーブの製作依頼が徐々に増えてきましたね。
ーーいまサトーステンレスでは薪ストーブと他の製品の依頼はどのくらいの割合ですか?
佐藤:ざっくりですけど、薪ストーブ 6.5割、他の金属加工3.5割と、薪ストーブの注文のほうが多くなっています。最近はサウナ用の薪ストーブの問い合わせも増えていますね。
ーー2021年は第3次サウナブーム到来とも言われましたし、その影響ですかね?
佐藤:佐久市望月にある株式会社はたらクリエイトさんから「サウナ用の薪ストーブ作れますか?」と依頼がありました。初めてのことだったのでどうかなと思ったんですけど、お客様の要望にはなるべく応えたいと思い製作してみました。一緒に作りあげる過程がすごく楽しかったです。
はたらクリエイトさんのサウナ小屋で、煙突工事をするために屋根に登ったときの景色が忘れられません。目の前には僕の母校である望月中学校、その横に視線をずらすと現在娘が通っている望月保育園が見える。足元には今後もチャレンジが続いていくサウナ用の薪ストーブが。自分の過去・現在・未来が生まれ育った望月の町に凝縮されているなと。屋根の上でしみじみ感じていました。
最高の薪ストーブを作りたい。感覚的なものだけでなく理論的に説明できる商品作りのために
ーー佐久市周辺をはじめとするサンラインエリアでは、サトー式薪ストーブを導入しているお店や個人の人が増えているように思います。
佐藤:佐久市を中心に、この地域周辺の人からの注文、問い合わせは多いですね。地元の工房で作り手がわかる製品を求めているのだと思います。僕も一点一点手作りしているので、お客様の顔が見えるとうれしいです。
ーー佐藤さんのモノづくりの心が伝わっているからこそですね。
佐藤:職人として、製品・デザインどちらの側面から見ても最高のものを作りたいですね。そのためには、金属加工の技術以外にも、物理に関する知識、数学的視点が必要だと考えています。薪ストーブの燃焼反応は、物理現象ですから。今は数学・物理を勉強しながら、よりよい製品を作ることを目指しています。
ーー学び直しですか?
佐藤:勉強するの楽しいんですよ(笑)。「美しい炎の定義とは何なんだろう」という問いなどと向き合っています。感覚的なものだけではなく、数学や物理を使って理論的にも証明できるようになりたいんです。自分が納得できて、お客様にも製品の特徴をしっかりと説明できる、そんな最高の製品を作りたいです。
お客様の欲しい物を形にする、実験室のような工場を目指す
ーーこれから挑戦したいことはありますか。
佐藤:新しい製品開発ですね。お客様からいただいた依頼を製品として形にしていきたいです。
ーー具体的にはどのような依頼があるんですか?
佐藤:オーブン室のある薪ストーブや、高気密住宅用の外気導入する薪ストーブなどを依頼されています。新製品開発には時間が必要で、試作をしては改良する作業を何度も繰り返さないとよい製品にはなりません。
ーーあくなき探究心ですね。
佐藤:ゼロから1をつくることも、2を10にするといった価値を高める作業も、すべて探究心からですね。お客様の要望にきちんと結果を出して答えていくことを大切にしています。
ーーニーズに応えた製品開発によって、サトーステンレスの目指すモノづくりが広がっていきそうですね。
佐藤:この加工場は、実験を繰り返していく場(LABO)みたいなイメージなんです。感覚的なことや職人技だけに頼らず、課題を数式で解決・証明していくモノづくり。現在は、僕一人で製作していますが、そういう実験室のような工場を一緒に作っていける人がいたらうれしいなぁと思います。
ーー地元の人から愛される手作りの薪ストーブ、佐藤さんが目指す職人技と理論を掛け合わせたモノづくりに興味がある人は、ぜひサトーステンレスさんのWebサイトをご覧くださいね!
サトーステンレスの事務所には、佐藤さんが長年つづけているという合気道の「美しいものは真実」という言葉が掲げられていました。佐藤さんが手掛ける製品は、感覚的な要素と本質を追求していくこと、お客様の気持ちに応えること、どれもを大切にしながら生み出されているのだと感じました。 佐藤さん、ありがとうございました! サトーステンレス 鉄工房サトー